#1.私の失敗談「手術の決断について」

ロンバーグ病の失敗談「手術の決断」 ロンバーグ病の経験

私の失敗談を振り返ってみます。初回は「手術」経験について。

ロンバーグ病を幼少期に発症し、高校1年生で手術を受けようとどうして思ったのか?どのように決断したのか?についてお話します。

手術を決めた経緯

私が手術を決めたのは中学3年生の頃だったと思う。そもそも私は手術をすることが当たり前だと思っており手術をしない道を考えていなかった。
自分で手術の情報だったり治療の情報を調べようとも思っていなかったし、病院の先生が提案してくれることに従っていればいいと思っていたのだ。
手術を「する」「しない」の最終的な決定権は私にあり、我が家では私が手術をしたいなら家族は全力で応援するし、私がしたくないなら無理にしなくて良いという方針だった。
私自身は手術を受けるかどうかで迷うよりは手術をすることは「決まっている」からその時期をいつにするかということだけを考えてしまっていた。
ロンバーグ病の手術を受けるまで私は手術をしたことがなかった。だから体にメスを入れることによって身体や生活にどんな影響が出るかを知らなかったし、想像もしていなかった。

休んでも大丈夫なのは、この時期だけかもしれない

まとまった休みを取っても平気そうな時期を軸に手術をいつにするかを決めた。

中学生の頃は部活に熱中し、長期で休むと練習についていけないという理由で先延ばしにした。高校生のときは部活動だけでなく大学受験も控えていたので、それらを考慮して手術と入院を調整した結果、高校1年の夏休みを選んだのである。

手術の決め方が失敗だったと思う

手術をすることが当たり前だと思って、いろんな難しいことをそんなに考えていなかった。

リスクを考えてなかったことが失敗ということではない。自分の事だけど、自分事の感覚が薄かったと思う。

中学生の頃から手術の話は上がっており、約2週間入院をして、その後1ヶ月程度で移植した脂肪がなじむだろうと言われていた。これから自分が大人になる中で、一ヶ月半の期間をとれるのは高校生の時しかないんじゃないかと中学生ながらに思ったのだ。
だってこれから高校生活をして、大学生になって、社会人になって働いて、将来的に家族もできたりして、そんな未来を描いていくと、そういう考えに至った。
そんな私の凝り固まった思考は手術を決断するにあたって失敗だったと思っている。

好奇心、知らないという強さ

手術を決断するにあたっての失敗は凝り固まった思考だけではない。

手術という経験をしたことがなかったので単純に手術に興味があった。好奇心のほうが強くて自分の体にメスを入れることへの影響をあまり考えていなかった。本当に素人だったなぁと思う。

経験してみてからわかったのは移植している右足の太ももの感覚が戻るには時間がかかった。手術から10年間ぐらいは触られたときの感覚(冷たい・熱いだったり)がすごく鈍くなっていた。やっぱり脂肪移植する上で皮膚を切ってメスを入れているので、細かい神経もどうしても切っていて、影響が出ていたのだ。
そんな事は想像していなかった。症状が出ている顔のほうは手術後のことは考えていたが、脂肪を取る側の足のことなんて考えていなかったのである。
15、16歳だったので、手術を受けたらどうなるかの想像力は低かったと思うが、自分自身で調べようとしたり手術をしなくてもいいと言う選択肢が目の前にあったのならもう少しゆっくり考えたのかもしれない、と大人になった今思う。

私の手術失敗談

当時母は私に一生懸命話してくれていたと思うが、思春期真っ只中であり、「私一人で決断できるから」みたいな自立しているつもりな年頃だったので、母の話もそこまで真剣に聞き込んでいなかったのかもしれない。「本当にいいの?」と何度も聞いてくれていたのは覚えているが、それ以外をあんまり覚えていないのは、私が聞いてなかったからだと思う(笑)。自分の病気のことを自分で決断させてくれて母には感謝している。私の場合、この経験について家族に対して「こうしてほしかった」とか後悔は全然ないのだ。

手術の決断を失敗してから見る世界

当たり前を取り除いて考えてみると、思っているより選択肢があるのではないか。

手術をすることは自由である。手術をしてもしなくても、この病気は極端にいうと生死に関わることは無いと思う。

重度の症状で視力や歯列、骨の手術の重要度が違う方はもちろんいる。症状の出方で、見た目が気にかかり、心理的に生きるのが苦しい方もいる。そういう方にとっては手術は特効薬だと思う。
手術が生活や人生にどう影響するかは人それぞれなのだ。手術の優先度もさまざま。
必ずしも手術が正解というわけではない。
ゴールというわけでもない。
手術をしない道もあれば、手術をしたことによって今までと違う道もあると思う。
自分の中での納得のいく決断を自分ができる範囲で調べて判断するということが大事だと思う。
私の場合は「もうこれは決まったことだから」と自分で勝手に運命を決めていた。
たいして調べもせずに決まっていると思い込んでいた。向き合う出発点がちがっていたのだ。

自分で「当たり前」をつくっていると気づく

この失敗経験から、私は「当たり前」や「ゴール」が存在しているのではなく自分自身で作っているのだということに気づいた

それ自体が悪いことだとは思わない。

ほかの視点で調べてみて時間をかけて考えることもおすすめしたい。決断をするのに焦る必要はないと思う。見方を変えればロンバーグ病の強みは、命の決断を迫られないところだといえるのではないか。

自己判断のタイミングが自分に委ねられる難しさもあるが、自分のタイミングで
・手術をする。治療を受ける
・もう手術はしない
・30年経ったら手術をする など
いろんな選び方があってもいいんだと今は思う。

振り返ってみると、そんなに向き合いたいことでもなかった。自分から向き合うのはかなりエネルギーが必要だった。「病気」というものがちょっとネガティブな感じもあって、病気に対して真正面から向き合うにはエネルギーが必要で、後回しにはしていたと思う。

「こうあるべき」と焦らず、考えられる余裕がうまれた頃に向き合っても遅くなかったのかもしれない。発症の年齢や症状が出るところも様々なので、難しい部分はあると思うが、ゆっくり考えてみる、という選択もあっていいと私は思う。

私はこの経験で「当たり前」と「思い込み」があったなぁと気づけるキッカケになった。なので失敗したからといって悪いことばかりではない。

コメント

  1. 小出由紀恵 より:

    私は現在51歳・今思えば30代前半で症状が現れ42歳で移植手術を受けました。結果失敗でした。移植した脂肪の血管の血流が取れず途中で断念時間切れでした。体力の限界もあり術後生死を彷徨う場面もあり採取した足の方も予後が良くなく再入院。術後はまだ術前よりは見た目は良い感じでしたが感触は無く頬は硬く足の傷は違和感満載でした。今になればほぼ元の状態に戻りつつ有ります。しかも歳を取っているので以前異常にしわやたるみが濃厚です。現在再度この状態を何とか出来ないのか模索中。そんなときこのサイトに出会いました

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